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た行
髙島郁夫(たかしま ふみお)
株式会社バルス 代表取締役
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プロフィール
56年福井県生まれ。
関西大学経済学部卒業後、福井の家具メーカー、マルイチセーリング(株)に入社。東京営業所長、販売促進部長を経て90年に同社の新規事業として子会社バルスを設立。92年「Francfranc」1号店を天王洲アイルにオープン。
96年、親会社のマルイチセーリングからバルス株をMBOしオーナー社長に。02年7月、ジャスダックに上場。
06年1月には東証1部上場。
現在国内外で94店舗の「Francfranc」を中心に、「BALS TOKYO」など7ブランドを108店舗を展開中。
高野 孟(たかの はじめ)
インサイダー編集長
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プロフィール
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科を卒業後、通信社、広告会社勤務を経て、75年からフリーランス・ジャーナリストに。同時にニュースレター『インサイダー』の創刊に参加、1980年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長となる。94年に、故・島桂次=前NHK会長と共に島メディアネットワーク(株)を設立、代表取締役兼スーパーヴァイザーとして日本で初めての完全にインディペンデントなインターネット上のオ
ンライン週刊誌『東京万華鏡(Tokyo KaleidoScoop)』を発信を開始。傍ら、テレビ朝日の『サンデー・プロジェクト』(日曜日10時〜)などにレギュラーもしくは準レギュラーのコメンテイターとして出演中。02年より早稲田大学客員教授となり「大隈塾」を担当。
主な著作
『地球市民革命』学習研究社 1992年
『最新・世界地図の読み方』講談社現代新書 1999年
高野文彰(たかの ふみあき)
ランドスケープデザイナー
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プロフィール
[生年月日]1944年3月18日(中国天津市生まれ)
[学 歴]
1966年 北海道大学 農学部農学科 花卉造園学講座卒業
1971年 GEORGIA大学 環境デザイン学部 大学院卒業
[職 歴]
1967年〜1973年 日本技術開発株式会社総合計画部
1970年 夏 CURRIER ANDERSON AND GEDA:HARTFORD U.S.A
1972年 夏 DESIGNERS COLLABORATIVE:ATHENS U.S.A
1973年〜1975年 SIMONDS AND SIMONDS:PITTSBURGH U.S.A
1975年〜 高野ランドスケープ プランニング株式会社 代表取締役
[資 格]
1978年 技術士(建設部門 都市及び地方計画 公園緑地)
2003年 登録ランドスケープアーキテクト
[会 員]
日本造園学会・日本都市計画学会・ IFLA (ジャパンイフラ副会長
)国際遊び場協会・日本馬術連盟
代表的プロジェクト
1978年沖縄海洋博覧会記念公園『ちびっことりで』基本設計・実施設計
1980〜1983年マレーシア シャーラム公園基本計画・基本設計・実施設計
1984年港北ニュータウン 住民参加による児童公園づくり
1985〜1986年国営昭和記念公園『子供の森』基本計画・基本設計・実施設計
1979〜1987年国営みちのく杜の湖畔公園全体設計・『時の広場』基本設計・実施設計
1987〜1990年気仙沼市『安波山みなとのみえる丘公園』基本計画・基本・実施設計
1988〜1990年フランス アルベール・カーン庭園 設計施工・建設
1985〜1997年台湾 羅東運動公園 基本計画・基本設計・実施設計
1989〜1992年石川県能登町 真脇縄文公園 基本計画・基本設計・実施設計
1990〜1999年静岡県 富士山こどもの国 基本構想・基本計画・基本設計
1992〜1995年新潟県 大潟県営都市公園 基本計画
1994年 フランス(ショーモン)国際庭園フェスティバル
1994〜1998年高橋建設 敷地計画及び造園設計
1995〜1996年十勝千年の森 基本構想
1996〜2000年国営滝野すずらん丘陵公園中心ゾーン『子供の谷』実施設計
1996〜2005年道立十勝エコロジーパーク 基本構想・基本設計・実施設計
2001年〜 札幌市 旭山記念公園 基本計画・基本設計・実施設計
2002年〜 十勝千年の森 基本計画・基本設計・実施設計
2003年〜 国営滝野すずらん丘陵公園森林体験ゾーン 基本設計・実施設計
2006年〜 宮ノ丘幼稚園 全体計画
瀧井敬子(たきい けいこ)
東京藝術大学演奏藝術大学客員教授
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プロフィール
1946年北海道生まれ。
東京藝術大学楽理科卒業、同大学院修了。
音楽史家としては、「19世紀ドイツ・ロマン派」および「日本の洋楽草創期」が専門分野。主要著書:『漱石が聴いたベートーヴェン』(中公新書)、『森鴎外訳オペラ「オルフエウス」』(紀伊國屋書店)。主要訳書:『謎のヴァイオリン』 H.ミュラー著(新潮社)、『演奏の原理』H.P.シュミッツ著(シンフォニア)、『大作曲家の和声』、『大作曲家の対位法』D.モッテ著(シンフォニア)など多数。論文、新聞・雑誌への寄稿多数。
プロデューサーとしては、自ら掘り起こした研究成果を基に、ジャンル横断的コンサート、音楽祭、オペラ公演を全国各地で行っている。2005年の森鴎外訳オペラ『オルフエウス』(東京藝大奏楽堂)、2006年のオペラ『ゼッキンゲンのトランペット吹き』(山形県長井市民文化会館)は、いずれも日本初演。現在、東京藝術大学演奏藝術センター常勤助手、国立西洋美術館客員研究員、東京21Cクラブ員。
竹村真一(たけむら しんいち)
京都造形芸術大学教授 株式会社プロジェクト・タオス代表
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プロフィール
1959年生まれ。東京大学大学院文化人類学博士課程修了。
生命科学や地球環境論を踏まえたトータルな「人間学」を提唱するとともに、インターネット社会の新たな可能性を開拓する実験プロジェクトを数多く手がける。
96年にプロデュースしたウェブ作品「センソリウム」は、インターネットを使って世界中の地震活動を可視化するなど、地球時代のメディアデザインを提示するものとして、電子アートの国際的登竜門アルス・エレクトロニカでグランプリを受賞。
2001年には、次世代型の科学教育プラットフォームとして、世界初のマルチメディア地球儀『Tangible Earth(触れる地球)』を多分野の科学者と協働して開発(日本科学未来館に常設展示中)。
03年、ユビキタス時代を先どりするケータイ地域情報システム「どこでも博物館」を広島県尾道市を皮切りに創始。また「100万人のキャンドルナイト」で、携帯電話からの参加者をリアルタイムで日本地図上に可視化する社会実験を行う。04年3月、小泉内閣の委嘱をうけ、構造改革をボトムアップに可視化する「日本改革前線マップ」を企画・制作。(これらのプロジェクトについてはhttp://www.elp.or.jp/を参照)
主な著書に『呼吸するネットワーク』(岩波書店)、『22世紀のグランドデザイン』(慶応大学出版会:編著)、『新たな人間の発見』(岩波講座文化人類学:第1巻、共著)、『ひとのゆくえ』(求龍堂:編著)、『宇宙樹』(近刊;慶応大学出版会)など。
これまで NHK「BSパソコンネット」のレギュラー解説者、政府の情報政策審議会委員、グッドデザイン賞審査員、インパク企画委員などを務める。また、アムステルダムでのメディア文化会議Doors of Perception2 (94年)をはじめ、海外のマルチメディア関連の国際会議にも度々スピーカーとして招かれている。
竹山 聖(たけやま せい)
建築家
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プロフィール
1954年大阪生まれ
北野高校を経て、1977年京都大学の建築学科を卒業後、東京大学大学院に進学。原広司の下で修士課程、博士課程を修める。
この間、1978年〜79年の「西アフリカ地域海外集落調査」に参加。大学院在学中の1979年には設計組織アモルフを創設し、設計活動を開始。また、さまざまなメディアのコラムを担当すると同時に批評活動をも展開。
1984年東京大学大学院博士課程修了。
1992年から京都大学助教授。旺盛な設計活動と並行して、学生たちと古代都市遺構を訪れ、都市発生を探求、また、現代都市のヴィジョンの一環として「神戸新首都計画」を提案する。
主な建築作品
1982、83年、高尾と古河の住宅(SDレビュー入選)。
1986年、湘南台文化センターコンペ2等。
1987年、愛知県新文化会館コンペ佳作、OXY乃木坂(アンドレア・パラディオ賞)。
1988年、軽井沢の別荘(吉岡賞)。
1989年、D-HOTEL大阪、箱根強羅花壇。
1991年、青山TERRAZZA。
1994年、山口県周東町PASTORAL HALL。
1995年、せんだいメディアテーク・コンペ佳作入賞
1998年、山本寛齋本社ビル
1999年、べにや無何有
主な著作
作品集「竹山聖」(六耀社)
写真集「都市を呼吸する」(リブロポート)
CD-ROM「INTO THE ARCHITECT 竹山 聖/空の建築」(HartLAND)
著書「独身者の住まい」(広済堂出版)
田崎真也(たさき しんや)
ソムリエ
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プロフィール
1958年 3月21日生 東京出身
1977年 5月 フランスに渡航
1980年 8月 帰国
1983年 12月 第3回 全国ソムリエ最高技術賞コンクール優勝
1989年 10月 第6回 世界最優秀ソムリエコンクール出場
1990年 11月 第3回 国際ソムリエコンクール第2位
1995年 5月 第8回 世界最優秀ソムリエコンクール 優勝
1996年 2月 1995年度 都民文化栄誉章受章
1999年 6月 1999年度 フランス農事功労章シュヴァリエ受章
9月 フランス・ボルドー市よりメダル受章
経歴
1997年 4月 有限会社 サンティール発足(田崎真也個人事務所)
*講演・イベント(ディナーショー)・ワイン通信販売・CM・TV出演・ラジオ・雑誌などが主な活動
同年 7月 田崎真也ワインサロンを銀座にて開設
*ワインスクールとして入門〜認定試験講座
1998年 10月 田崎真也ワインサロンを愛宕山に移転
株式会社TWS 代表取締役社長となる
同年 ワインバー(カノン・六本木)開店
有限会社エルミタージュ 代表取締役社長となる
2000年 3月 有限会社インターソムリエ 代表取締役となる
*iモード 田崎真也「ワイン館」開始
2001年 5月 焼酎居酒屋(真平・六本木)を開店
2002年 9月 フレンチレストラン エス(S)を開店
2003年 9月 iモード 田崎真也「ワイン館」をリニューアル、新「マイ・ソムリエ」 を開始
2003年 10月 ワイン雑誌 ヴィノテーク代表取締役社長就任
田勢康弘(たせ やすひろ)
早稲田大学大学院公共経営研究科教授
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プロフィール
1944年中国黒龍江省生れ。
早稲田大学政治経済学部卒。
1969年日本経済新聞社入社、政治記者、ワシントン支局長論説副主幹兼編集委員等を経て、現在コラムニスト。
1996年日本記者クラブ賞受賞。96年1月から1年間、ハーバート大学国際問題研究所フェローとして米国に滞在。
「政治の質がどんどん落ちて行く。その責任の一端は政治ジャーナリズムにある」との書き出しで始まる『政治ジャーナリズムの罪と罰』(新潮社、94年)は、自らが属する政治記者の世界を批判し告発。田勢氏によれば、記者が政界のなかにドップリと漬かり、政治と政界の区別を失うからだという。その弊害から脱するには「ベテラン記者を増やせ」「記者クラブ依存体質から脱却せよ」などを提案。政界ジャーナリストでありながら、そうした自分に厳しい視線を維持する稀有な存在。
主な著書
『指導力』(日本経済新聞社、2003年)
『政治ジャーナリズムの罪と罰』(新潮社、1994年)
『総理の座』(文芸春秋、1995年)
『ジャーナリストの作法』(日本経済新聞社、1998年)
『豊かな国の貧しい政治』(新潮文庫、1995年)など。
多田宏行(ただ ひろゆき)
三井不動産株式会社 上席主幹
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プロフィール
1947年 大阪生まれ
1966年 大阪府立北野高校卒業
1971年 東京大学法学部(公法・行政法)卒業
同年 三井不動産(株)入社
1982年 三井不動産販売(株)営業課長
1983年 三井不動産(株)レッツ事業本部チーム・リーダー
1986年 総務部文書課長
1992年 S&E研究所次長
1997年 S&E研究所長
1999年 S&E総合研究所長
公職歴
1990年 柏市「まちづくり委員会」委員
1995年 水戸市「中心市街地活性化委員会」委員
1995年 ひたちなか市「商業進行計画基礎調査委員会」委員
2001年 東京大学工学部都市工学科 非常勤講師
東京商工会議所「まちづくり委員会」副委員長
北九州市「大里本町まちづくり委員会」委員
2002年 川崎市「新川崎地区拠点整備土地活用方策検討委員会」副委員長
(財)都市みらい推進機構 まちづくりアドバイザー
著書
「まちづくりの知恵と作法」 (日本経済新聞社)
「東京都心散歩・新宿区」 ( 同 )
「 同 ・中央区」 ( 同 )
「 同 ・千代田区」 ( 同 )
「 同 ・港区」 ( 同 )
「 同 ・品川区」 ( 同 )
主要講演歴
1994年 北海道「きたの未来塾」
同年 青森県「未来塾」
同年 鹿児島県「観光週間記念」
同年 青年商工会議所「台東区まちづくり研究会」
1996年 東京都政策報道室「東京のまちづくり研究会」
同年 フランス パリ 「日仏建築会議」
同年 NTT「IBCインフォマートセミナー」
1998年 栃木県「地域振興セミナー」
同年 土地総合研究所セミナー
1999年 東京商工会議所「国際観光委員会」
2001年 北山創造研究所「エナージーリンク」
その他
「地域の活性化」「都市観光とまちづくり」「都市と商業」
「21世紀の不動産業」「人口問題と住宅需要」等につき講演
辰巳琢郎(たつみ たくろう)
俳優
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プロフィール
1958年8月6日生まれ。
大阪市出身。B型。1984年京都大学文学部卒。
趣味 : 乗馬、囲碁、俳句、和太鼓、居合い、スキー等
身長: 180cm 体重 : 72kg
京都大学在学中は関西一の動員を誇る『劇団そとばこまち』を主宰。卒業と同時にNHK朝の連続テレビ小説『ロマンス』にて全国区デビュー。以来、知性・品格・遊び心と三拍子揃った俳優としてテレビ、舞台、映画だけでなく、クラシックコンサートの司会、海外旅行、晩餐会のプロデュースなど様々なジャンルで活躍中。また食通・ワイン通としても知られ、数々のワイン騎士団の騎士号を贈られている。
2000年からテノール1で参加し、役員としても活動している六本木男声合唱団倶楽部は、03年9月、初のヨーロッパ公演、05年5月にはキューバ公演を敢行、海外にもその名を知らしめた。
TV
BS朝日『ワインの誘惑』好評放映中
NHK大河ドラマ『信長-king of jipangu-』『八代将軍吉宗』『元禄繚乱』『利家とまつ』
フジテレビ『辰巳琢郎のくいしん坊!万才』(3年間約600本)
TBS『浅見光彦シリーズ<全13作>』
テレビ東京 女と愛とミステリー『小早川警視正シリーズ』
NHK連続ドラマ『女神の恋』 朝の連続テレビ小説『京ふたり』『天花』
テレビ東京『辰巳琢郎の夢リフォーム』他多数
BSジャパン『辰巳琢郎のリフォームの魔法』2005年5月〜好評放送中
舞台
*『女三の宮』 帝国劇場
*『草迷宮』 彩の国さいたま芸術劇場・Bunkamuraシアターコクーン
*ドンボスコチャリティーステージ『男五人の華麗な企み』 プロデュース&演出&出演
*劇団新派4月公演『滝の白糸』 博多座
*辰巳琢郎ひとり芝居『乗りおくれた 夜明けに』
2001年初演(全20公演) 03年2月再演(全8公演)
*『キャンディード』2004年4月 東京国際フォーラム ホールC他
*『時の物置』2004年6月 世田谷パブリックシアター他 他
映画
『橋のない川』 『ゴジラvsデストロイア』 『手紙』
2004年7月30日公開 『石井のおとうさんありがとう−石井十次の生涯―』
2004年12月11日公開『レディジョーカー』 他
著作
「青春のヒント」 「タクロウのこれだけ英単語
」 「イタリア嬉食満面」
「辰巳琢郎のリフォーム夢家族-スーパーハウジング入門-」 他
田中英成(たなか ひでなり)
株式会社メニコン 代表取締役社長
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メニコン関連ホームページ
潟<jワン(http://www.meni-one.com/)
潟<jコンビジネスアシスト(http://www.menicon.co.jp/MBA/)
潟iイツ(http://www.neitz.co.jp/)
プロフィール
1959年10月30日京都市生まれ。愛知医科大学医学部医学科卒業。
日本初の角膜コンタクトレンズを開発した株式会社メニコンの創業者である田中恭一(現会長)の長男。
眼科医として病院勤務、眼科医院開業を経て1994年株式会社メニコンの取締役に就任。
世界初となる光学偏心同時視型遠近両用コンタクトレンズの開発に携わる。
また、業界内世界初の定額制会員制販売システム「メルスプラン」を発案し、80万人の会員を擁する規模にまで育て上げ、
自社の事業基盤を安定させるとともに、スポーツ文化支援活動として
日本クラブユースサッカー(U15)「メニコンカップ」や「メニコンスーパーコンサート」などの特別協賛で積極的な貢献を果たしている。
現在は、メニコンの代表取締役社長の傍ら、日本コンタクトレンズ協会会長を務める。
公職
広告電通賞審議会 名古屋地区選考委員会 副委員長(1998/9〜)
FM愛知放送番組審議会 審議委員長 (2001/4〜)
日本コンタクトレンズ協会 会長(2004/4〜)
日本医療機器産業連合会 理事(2004/7〜)
財団法人日本失明予防協会 評議員(2005/5〜)
日本眼鏡学会 評議員(2006/5〜)
財団法人日本眼鏡技術者協会 理事(2006/6〜)
春日井市交響楽団 理事(2006/6〜)
中部CM合同研究会 会長(2007/4〜)
広島経済大学 特別講座客員教授(2008/4〜)
授章歴
フランス共和国国家功労勲章シュヴァリエ授章(2005/10)
講演歴
・中部大学バイオフォーラム「培養皮膚事業への挑戦」(2000/10)
・名城大学起業講座「バイオの未来・メニコンの挑戦」(2001/5)
・とくしま産・官・学交流ひろば「21世紀戦略・メニコンの挑戦。コンタクトレンズから再生医療まで」(2001/8)
・日本経済新聞社経営講座「革新的経営戦略・メルスプラン他」(2002〜2005)
・全国中小企業活性化支援シンポジウム「市場密着型製品開発・事業システムのこれまでと今後(2002/10)
・医工学フォーラム2002年度特別学術講演「メニコンの再生医療への取り組み」(2003/2)
・日経ベンチャー経営セミナー「創造・独創チャレンジこそが企業を伸ばす」(2003/6)
・商品開発管理学会「日本初・世界初を創造する」(2005/12)
・中国眼科学会(武漢市)「日本のコンタクトレンズの歴史、現在及び展望」(2004/9)
その他、大学講演(アイウエオ順)
愛知大学、愛知学院大学、愛知淑徳大学、大阪府立大学、岡山理科大学、関西大学、関西学院大学、金城学院大学、九州産業大学、倉敷芸術科学大学、慶応義塾大学、札幌大学、椙山女学園大学、中央大学、千葉商科大学、中部大学、名古屋大学、
名古屋市立大学、名古屋商科大学、名古屋女子大学、長崎大学、広島経済大学、福岡女学院大学、早稲田大学、 他多数
谷川彰英(たにかわ あきひで)
国立大学法人筑波大学 理事・副学長
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プロフィール
1945年、長野県生まれ。
東京教育大学教育学部、同大学院教育学研究科博士課程修了。
千葉大学教育学部助教授を経て、現在筑波大学教授。博士(教育学)。
大学院教育研究科長(平成12・13年度)を経て、平成15年度は学校教育部長。平成 16年度より国立大学法人筑波大学理事(附属学校教育局教育長)
専門は教育学だが、柳田国男研究をベースに地名研究、マンガ論、食文化研究など幅 広く取り組んでいる。
最近の著書に「マンガ 教師に見えなかった世界」(白水社 2000)、「地名の魅 力」(白水社 2002)、「京都 地名の由来を歩く」(KKベストセラーズ 2002)、
「東京・江戸 地名の由来を歩く」(KKベストセラーズ)などがある。
現在、「漢九郎」(毎日新聞社)に「地名を旅する」を連載中。
マンガジャパン幹事、日本地名研究所評議員。
その他教育関係各種学会の会長、理事など。
田原総一朗(たはら そういちろう)
ジャーナリスト
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プロフィール
1934年滋賀県生まれ。
早稲田大学第一文学部卒。
岩波映画製作所に入り、のち東京12チャンネルに移り、ドキュメントを手がける。
話題の最先端には、つねにこの人ありといわれる。取材対象のリアリティを追うのではなく、取材対象を挑発してリアリティを引き出すという姿勢で現代日本を追求。
テレビ朝日の「朝まで生テレビ」では、居並ぶ論客を前にしてのその挑発者ぶりが見事に発揮され、「猛獣使い」ともいわれた。最近は電波での顔が一般的だが、『通貨マフィア戦争』(文藝春秋1978年)や『電通』(朝日新聞社1984年)など鋭い取材の、紙上のスリリングなドキュメンタリー作品も忘れがたい。
著書
『戦争論争戦』小林 よしのり (著), 田原 総一朗 (著)(冬舎2001)
『日本のカラクリ』 (朝日新聞社2001)
『日本の戦争―なぜ、戦いに踏み切ったか?』(小学館2000)
『IT革命のカラクリ―東大で月尾教授に聞く!』共著(アスキー2000)
『勝つ日本 』石原 慎太郎 (著), 田原 総一朗 (著) (文芸春秋2000)
『ジャパン・モデル―日本が米国を再び追い抜く日』(PHP研究所2000)
『面白い奴ほど仕事人間―自分で「自分」を生きよう』(青春出版社2000)
『巨大な落日―大蔵官僚、敗走の八百五十日』(文芸春秋1998)
『日本再敗北』山田 厚史 (著), 田原 総一朗 (著) (文芸春秋1998)
『頭のない鯨―政治劇の真実』(朝日新聞社1997)
『田原総一朗の闘うテレビ論』(文芸春秋1997)
『田原総一朗の発想現場』(文芸春秋1990)
『田原総一朗の新パソコンウォーズ―あなたの知らなかった'90年代パソコンの現実』
田原 総一朗 (著), 富田 倫生 (著) (日本ソフトバンク1990)
『闘論 2000年の埋葬―日本人になにが起こっているか 』田原 総一朗 (著), 栗本 慎一郎 (著)(ネスコ1989)
『総理を操った男たち―戦後財界戦国史』(講談社1989)
『飽食時代の性』(文春文庫1988)
『日本の官僚』(文芸春秋 1984)
『マイコン・ウォーズ』(文芸春秋1984)
玉木正之(たまき まさゆき)
スポーツライター
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プロフィール
1952年京都市生まれ。
東京大学教養学部中退。
大学在学中から新聞(東京新聞)で演劇・音楽・映画評、コラム等を執筆。
大学中退後、ミニコミ出版の編集者等を経てフリーの雑誌記者になる。その後、スポーツライターとして独自の視点を持ってスポーツ界の問題点を指摘するものの、現状が変わらないために、一時スポーツライターを休止。
音楽評論家、小説家、放送作家などに活動の場を移したが、1999年に『スポーツとは何か』(講談社現代新書)の出版を機に、再びスポーツについても健筆を振るう。
現在、スポーツライター、音楽評論家、小説家、放送作家として活躍中。
鎌倉に在住で、(財)鎌倉市芸術文化振興財団(鎌倉芸術館)の理事も務める。
著書
『不思議の国の大運動会』(筑摩文庫)
『不思議の国の野球』(東京書籍/文春文庫)
『Jリーグからの風』(集英社文庫)
『スポーツ解体新書』(日本放送出版)
『クラシック道場入門』(小学館)
『音楽は嫌い 歌が好き』(小学館文庫)
『オペラ道場入門』(小学館)
『天職人―玉木正之と輝ける二十六人』(講談社)
『京都祇園遁走曲」』(文藝春秋・文春文庫)
(1996年5〜6月にNHKドラマ新銀河にてテレビドラマ化。タイトルは「京都発・僕の旅立ち」)
『和をもって日本となす』(R.ホワイティング著/角川書店・角川文庫)
『日本サッカー革命』(仮題) (S.モフェット著/集英社インターナショナル)
その他、新聞、雑誌、インターネットの連載多数。
俵 万智(たわら まち)
歌人
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プロフィール
1962年、大阪府門真市生まれ、その後14歳で福井県武生市に移る。1981年、早稲田大学第一文学部日本文学科入学。歌人佐佐木幸綱氏の影響を受け、短歌を始める。
1983年、佐佐木氏編集の歌誌『心の花』入会。
1985年、同大学卒業。神奈川県立橋本高校で国語教諭を1989年までつとめる。
1986年、作品『八月の朝』で第32回角川短歌賞受賞。
1987年、第一歌集『サラダ記念日』を出版、その新しい感覚の作品が話題を呼び、260万部を超えるベストセラーになる。
1988年、『サラダ記念日』で第32回現代歌人協会賞受賞。
1991年、第二歌集『かぜのてのひら』出版。
1991年、第19期国語審議会委員を委嘱される。第20期、21期と継続し、1998年までつとめる。
1995年、第15期中央教育審議会委員就任。16期、17期と2001年1月まで務める。(2001年1月で現行の中教審は解散、再編成されることに)
1997年、第三歌集『チョコレート革命』を上梓。
1998年、『チョコレート語訳「みだれ髪」』『チョコレート語訳「みだれ髪」II』を出版。
山羊座、血液型A型、好きな食べ物=卵系(イクラ、キャビア、からすみなど)、チョコレート(ラ・メゾン・デュ・ショコラとか、リシャールとか)、好きな色=エメラルド・グリーン、好きな飲み物=よく冷えたシャンパーニュ、フルボディの赤ワイン、蕎麦焼酎の蕎麦湯割り、ベルギービールなど。
ちばてつや
漫画家
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プロフィール
1939年1月11日生まれ。1956年「単行本作品」でデビュー。おもな作品に「ママのバイオリン」「みそっかす」「ちかいの魔球」「1・2・3と4・5・ロク」「紫電改のタカ」「ハリスの旋風」「あしたのジョー」「おれは鉄兵」「あした天気になあれ」「のたり松太郎」など。2001年文部科学大臣賞、2002年紫綬褒章受賞。社団法人日本漫画家協会常務理事。
佃 一可(つくだ いっか)
茶道家
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プロフィール
東京教育大学卒業
1973年、茶道一茶菴14世を継承
1973年、煎茶道文化協会理事(現代表理事)。日本華道連盟常任理事
1976〜81年、日本華道大学事務局長
1986〜90年、日本書画振興協会事務局長
1995年、全国税理士共栄会文化財団常務理事・相談役
1997年、玄奘三蔵会事務局長
1998年、中国陜西省法門博物館名誉教授
家業の茶道を基に、分業専業した諸芸術・伝統工芸部門の再融合を求めて幅広い活動をおこなう。いけばな造形運動・書画一致運動を提唱し、団体創立・運営に携わる。
玄奘三蔵会を組織し玄奘三蔵生誕1400年記念館(2000年11月落慶・西安大雁塔大慈恩寺内)の建設に貢献する。唐王朝の菩提寺、法門寺から発見された秘色青磁の研究により法門寺博物館名誉教授の称号を受ける。
西安北部で発見・発掘された唐三彩や高麗青磁の基となった耀州青磁の研究活動及び唐王朝の夏宮・玉華宮の研究が最近のライフワーク。
2003年エジンバラ王立博物館で茶会。
主な著書
「生花早満奈飛」(楡書房編)
「茶の湯點前の科学」(修美社)
「煎茶の栞」(修美社)
辻 芳樹(つじ よしき)
辻調理師専門学校 校長/学校法人辻料理学館 理事長
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プロフィール
1964年 大阪に生まれる
1987年 ロングアイランド大学卒業
1988年 米国 ドレイファスコーポレーション (NY)に勤務
1991年 帰国 大和銀総合研究所 勤務
1993年4月 前校長・辻 静雄の死去により、辻調理師専門学校校長に就任
著書
美食進化論(共著 晶文社/2002年4月出版)
露木 茂(つゆき しげる)
アナウンサー/東京国際大学教授/早稲田大学客員教授 |
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プロフィール
1940年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。
フジテレビジョン入社。「小川宏ショー」「スーパータイム」「報道2001」等を担当。
ギャラクシー大賞、テレビ大賞を受賞。1985年担当番組が日本新聞協会賞に選ばれる。
在職中、早稲田大学大学院政治コミュニケーション専攻。2002年エグゼクティブ兼解説委員を退職。
東京国際大学に就任。
著書「メディアの社会学」「マスコミュニケーション論」ほか。ギャラクシー賞選考委員。
鶴賀若狭掾(つるが わかさのじょう)
鶴賀流11代目家元/新内協会理事長 |
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プロフィール
東京は神楽坂に生まれる。(新内節浄瑠璃 神楽坂在住)
幼少の頃より新内節の太夫(語り手)であった父の鶴賀伊勢太夫より新内節浄瑠璃の手ほどきを受け、新内の道に入り、伝統的な新内節の技法を的確に体得し、昭和33年に鶴賀伊勢路太夫を名乗る昭和四十八年に二世鶴賀伊勢太夫を襲名、さらに平成十二年に新内の始祖で新内界の一大名跡である鶴賀若狭掾を襲名する。また新内協会理事長に就任し名実ともに新内界を担い新内の伝承・継承の為に後継者の育成と宣伝・普及発展に精力的に活動している。
鶴賀流の格調高い正統な芸風にして、新内特有の哀艶さと、江戸前の粋、歯切れの良さを持つ語り口には定評があり、さらに研鑽を高め、新内浄瑠璃の技芸を高度に体現しこれに精通した芸を認められ、平成十三年には重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受ける。平成十四年新宿区名誉区民の称号を受ける。
新内芝居の開催、八王子車人形とのドッキング、1人芝居と新内等々、聴いて見て楽しい新内、分かりやすい新内をモットーに新内ファンの増加をはかる事に尽力。日本各地はもとより海外でも精力的に演奏活動をしている。毎年テレビ・ラジオの出演、古典・新作発表のリサイタルを開催。又、古典の発掘はもとより作詞・作曲も多数あり、新内舞踏創作のほか、最近では「春琴抄」「滝口入道」「高瀬舟」「十三夜」「註文長」新内と能による「滝口入道」「夜陰の森の中」(宮沢賢治の新内童話)、舞踏劇「浮島の祠り」落語「品川心中」「鰍沢」「芝浜」等五十数曲発表している。
寺脇 研(てらわき けん)
京都造形芸術大学 教授
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プロフィール
学 歴
昭和50年 3月 東京大学 法学部卒
職 歴
昭和50年 4月 文部省入省
平成 4年 7月 文部省 初等中等教育局 職業教育課長
平成 5年12月 広島県教育委員会 教育長
平成 8年 4月 文部省 高等教育局 医学教育課長
平成 9年 7月 〃 生涯学習局 生涯学習振興課長
平成11年 4月 〃 大臣官房 政策課長
平成13年 1月 文部科学省大臣官房審議官 生涯学習政策担当
平成14年 8月 文化庁文化部長
著書
『生きてていいの?』 (平成13年11月・近代文芸社)
『対論・教育をどう変えるか』 (平成13年8月・学事出版)
『21世紀の学校はこうなる』 (平成13年1月・新潮社)
『どうする学力低下』 (平成12年12月・PHP)
『中学生を救う30の方法』 (平成10年9月・講談社)
『何処へ向かう教育改革』 (平成10年9月・主婦の友社)
『教師としての「責任のとり方」』(平成10年3月・主婦の友社)
『なぜ学校に行かせるの?』 (平成9年12月・日本経済新聞社)
『21世紀へ教育は変わる』 (平成9年11月・近代文芸社)
『動き始めた教育改革』 (平成9年1月・主婦の友社)
遠山友寛(とおやま ともひろ)
弁護士
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プロフィール
| 1950年 |
熊本県生まれ |
| 1967年 |
高校3年生の時に、ミシガン州デトロイトの高校
(Edwin Denby High School)に1年間留学
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| 1969年 |
慶應義塾大学法学部法律学科 入学 |
| 1973年 |
同大学 卒業 |
| 1980年 |
弁護士登録、西村眞田法律事務所入所 |
| 1984年 |
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)ロースクールにて修士号取得(LL.M.)。
ロサンゼルスのメーソン&スローン法律事務所、
ポーラック・ブルーム&デコム法律事務所、ニューヨークのプライヤー・
キャシュマン・シャーマン&フリン法律事務所に勤務後、帰国。
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| 1985年 |
西村眞田法律事務所復帰、パートナー昇格。
アメリカ映画協会の依頼により、同協会日本支社を設立され支社代表に就任。
メジャー映画会社の著作権保護に関する法+律業務に携わる一方、映画
投資、広告、スポーツ、音楽等の数多くのエンタテイメント・ビジネスに関与。
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| 1990年 |
TMI総合法律事務所を設立。 |
(財)長野オリンピック冬季競技大会組織委員会マーケティング専門委員、不正商品対策協議会(ACA)監事、全日本フラッグフットボール協会理事、渥美国際交流奨学財団理事、横浜ベイスターズ社外取締役。モーション・ピクチャー・アソシエーション(MPA)、ビジネス・ソフトウェア・アライアンス(BSA)、国際レコード連盟(IFPI)、他多くのエンタテイメント関連のクライアントをもつ。
現在、弁護士101名、弁理士29名、その他スタッフを含めて総勢約280名の法律事務所のパートナー弁護士として活躍中。
徳岡邦夫(とくおか くにお)
京都吉兆嵐山本店 総料理長
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プロフィール
1960年生まれ。「吉兆」の創業者・湯木貞一氏の孫にあたる。
15歳のときに京都吉兆嵐山本店で修行を始める。
1995年から、京都嵐山吉兆の料理長として現場を指揮している。
冨田 洋(とみた ひろし)
企業家 NPO人道目的の地雷除去 支援の会(JAHDS)常任理事・事務局長
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略歴
| 1953年 |
兵庫県神戸市生まれ。 |
| 77年 |
慶応大学工学部卒業後、三井海洋開発(株)へ入社、 |
| 88年 |
会社解散によりジオ・サーチ(株)を設立。建設省(当時)の要請で道路陥没事故を未然に防ぐ「路面下空洞探知システム」を世界で初めて実用化し、天皇即位の礼、阪神大震災、サミット等でも出動した。 |
| 92年 |
紛争後遅々として進まない残留地雷除去の新技術を模索していた国連地雷除去責任者の要請で、ボランティアで探知技術開発に取り組み、5年がかりで新型地雷探知機「マイン・アイ」の試作に成功。 |
| 98年 |
事業の師でもあるセコム創業者飯田 亮氏の協力のもと、復興目的の地雷除去活動を日本の民生技術を結集してトータルで支援する世界初のNPO法人「人道目的の地雷除去支援の会(JAHDSジャッズ)」を設立し、自らは事務局長として活動中。
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受賞
「ニュービジネス大賞優秀賞」「企業家ネットワーク・企業家賞」「日本文化デザイン賞」「フジサンケイ国際貢献賞」など数々の受賞をはじめ、01年慶応大学理工学部同窓会研究教育奨励賞基金表彰制度の第1回受賞者。03年盛和塾より稲盛経営者賞受賞。また、JAHDSは03年NPOアワード最優秀志民大賞を受賞し、本年4月「認定NPO法人」の認可を受ける(全国15,500のNPO中、23番目の認定)。
冨山和彦(とやま かずひこ)
株式会社経営共創基盤 代表取締役CEO
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プロフィール
ダイエー・カネボウ・ミサワホーム・三井鉱山から地方のバス会社・老舗旅館など、41グループ189社を、僅か4年で復活・再生させた再建のプロ。産業再生機構設立前から様々な困難が立ちはだかり、悪戦苦闘の連続。それでも当初5年の予定を1年前倒しで完結、300億円以上の納税と、最終利益から400億円を国庫に納付。07年、民間版再生機構を設立し、経営不振企業の再生に取り組む。
東京大学法学部卒。スタンフォード大学経営学修士。85年、ボストンコンサルティンググループ入社。翌年、コーポレートディレクションの設立に参加し、01年代表取締役社長に就任。03年、産業再生機構専務兼COOに就任し、10兆円のファンドを有する同社のキーマンとして活躍する。07年、経営共創基盤を設立、代表取締役CEOに就任し現職。
主な著書に『会社は頭から腐る』『産業再生機構 事業再生の実践』他
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